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悲劇の台湾総統選挙②~台湾応援団と台北のタクシー~

今回の訪台は19日に台北に入り、選挙後の24日に帰国するという割と長めのスケジュールでした。

3月に入ってからは、まず親台湾派の先生方に訪台のご挨拶に回ってきました。
私の台湾との繋がりを作って下さった高木啓都議会議員(都議会自民党日台友好議員連盟事務局長)を始め、都議会には土屋たかゆき先生(民)・古賀俊昭先生(自)・田代ひろし先生(自)・吉田康一郎先生(民)、樺山卓司先生(自・樺山初代台湾総督のご子孫でもあります)国会にも鳩山邦夫先生・西村眞悟先生・平沼赳夫先生・馬渡龍治先生など国会議員の先生方にも台湾を支持し、行く末を心配する先生方は多数いらっしゃいます。
20日にその先生方、日本の有志の皆さんと共に台湾の新聞『自由時報』にも台湾応援の全面広告メッセージを載せる事となり、その準備を少しお手伝いさせて頂きました。
(台湾の法律では日本を含めた外国人は選挙の応援をすることが出来ません。その為、全面広告とは言え「『台湾』を応援する」というメッセージに最大限の気持ちを込めることしか出来ません。)

各先生とお会いし、またお電話でもお話をすると、今回の総統選挙に対する戦局の厳しさをヒシヒシと感じることが出来ました。特に、中国共産党=台湾国民党の恐ろしさを知っている先生方は、台湾の現状に対する危機感を、今後の日本に対する脅威としても把握し日本を守る為にも如何に台湾を守るかということに苦慮されていました。
その緊張感に触れる中で、私の中の淡い期待感「台湾国民は既に台湾人としてのアイデンティティに目覚めている。危機が迫れば覚醒し、結局最後は民進党が逆転するのではないか」は打ち砕かれ、次第に言いようのない不安のみが残るようになりました。
幾度かの訪台で感じてきた台湾の自由と平和と希望に満ち溢れた空気、しかし同様に、いやむしろ訪台を重ねるごとに大きな高まりを感じてきた台湾国民の油断。誤解を恐れずに言えば、その油断は日本で良く言われる平和ボケという言葉にも置き換えることが出来たのかも知れない。この状態がいつまでも続くのではないか、というような平和ボケが確かに台湾には蔓延してきていた。
その事を考えると、先の先生方の危機感が理解できる。出発までの間が歯がゆく、また不安で仕方が無かった。

19日朝の便で台湾に着くと、空港から街へと走るタクシーの中で辺りを見回す。

おかしい、選挙の毎にあれ程、目に付いたはずの選挙の旗が見当たらない。やっと、ビルに大きく貼られた大看板を見つけると「②馬英九」の文字、青いシートが堪らなく不安を掻き立てる。
街中に入って、やっと民進党の緑の旗と出会う「①謝長廷」の文字、少しの安堵。しかし、直ぐにまた不安へと繋がる。余りにも物量が違いすぎないか?10倍以上の数の青い大看板と旗、馬英九・国民党の文字。
台湾はどうしてしまったんだ。握った手からは汗が滲んだ。

市内に入って暫くすると、緑の旗を見つけては一喜、青い看板を見つけては一憂する私達を見て、タクシーの運転手さんが一つの旗を渡してくれた。緑の旗だ。「台湾」「①」「謝長廷」の文字が躍る。思わず「台湾!加油!(台湾頑張れ)」と声を上げた。彼も繰り返す。ホテルに到着し笑顔で握手をして別れた。
着いて早々、こちらが励まされてしまった。

また続く
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