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悲劇の台湾総統選挙⑥~烏来と平和と民主主義~

カオルの家を出て、一路烏来へ。
途中でお母さんが描いた絵画の場所に立ち寄る。
公園になっている河辺からは深い緑と清らかな川の流れが見える。懐かしさを感じる風景に、ふと田舎に帰った時のような気持ちになった。

烏来への峠道、青いものばかりが目立つ選挙ポスターと旗に気が滅入る。原住民は殆ど国民党支持というカオルの言葉が再度思い出される。

街に着くと、そこは日本の温泉街のようで、両側に並ぶお土産屋さんからは日本語での呼び込みも聞こえる。途中にある温泉に立ち寄ると、温泉というよりは、銭湯のような雰囲気で料金を支払って中に入る。露天風呂は混浴で水着が必要と聞いたが、ここは男女別なので必要なかった。平日なので空いていたが週末になると人でごった返すそう。

一汗を流して、商店街へ戻り昼食。その後に、原住民資料館へ入った。中には日本語を流暢に話す説明員さんがいて、さらに山の上の瀧を勧めるので行ってみることに、商店街を抜けて少し階段を登ると小さな電気列車が走りこれに乗って5分ほどで瀧の横に出た。列車の走る線路脇の壁にまで国民党の青いシートが貼ってあったことが印象的だった。

また、同じ列車に乗って戻り、商店街を歩いているとカオルが、「これ見て、もう酷いと思わない?」と青い国民党のシートを指差す。大きな国民党のシートが貼られ、前にはやはり同じく国民党の青い旗がたなびく、一瞬国民党の選挙事務所かな?と思い「凄いね。こんな所に選挙事務所。」というと、「違うよ。ここは観光案内所のようなところ、国民党が来てこうして帰っていったんだよ。」と言われ、驚いて前まで行くと、確かにシートと壁の間に何やら看板が、確かに来る途中の公園にも堂々と国民党の青シートが貼ってあったが、公共の場所にもここまでやるのか国民党と思った。

烏来を出て、カオルの運転で1時間ほど走り台北に戻る。
車の中で、唐ゼミの代表中野くんとカオルと色々な話をする。
中野君の素朴な疑問から「平和とは」「民主主義とは」「台湾人とは」「日本人とは」「国民党とは」「民進党とは」「中国共産党とは」「アジアのこれからは」等々様々なことを話した。
特に、「平和とは」「民主主義とは」などは日本にいる僕達は産まれてこの世に飛び出た時より、空気のように存在し、それを受容している。何を発言したって、ある日突然、意味もなく逮捕されたり、その場で射殺されたりなんて事は想像さえできない。経験していないことの想像は当たり前の話だが現実感がなく、空虚なものとなる。
以前、タイの総選挙の視察に行った時、明日視察予定の地区は暴動が起こっているので、とか訪問予定だった事務所前に早朝に運動員2名の死体が放り込まれたので、なんて理由での予定変更があったが、やはり現実感がなくどこか紙面の向こう、TVの向こうで行われているフィクションのようにさえ感じてしまう。
しかし、それは現実の世界で起っている真実であり、現在進行形で中国共産党によって行われているチベットの民族浄化・大虐殺も飛行機で行けば半日と離れていないご近所での出来事だ。
その事実が、今回の台湾の選挙結果によってはこの地で起りかねない悲劇であり、また台湾で起ればいつかは日本の地にも起りかねない恐怖であるということを僕達日本人はそろそろ自覚しなくてはならない。
中国共産党に抗することが出来なくなり、その支配下に置かれればその恐怖は確実に起ることなのだ。
アメリカというものが、如何に頼りにならないかもこの数日の台湾のニュースや話の中で痛感をした。アメリカにとって台湾という国家の存在如何は大した問題ではなく。自国内が安定しない状況下では、台湾国民がどのようになろうと、民主主義が駆逐されようと、人権が蹂躙されようと、静かにさえしていてくれればどうでも良い。
中東問題が落ち着いて、自国内の有力後援者である軍需産業が求めた時に、火をつければ爆発をする都合の良い場所であってくれさえすれば良いのだろう。今回の総統選挙において、あからさまに独立派を見捨て、国民党を支持していたあの同盟国を見て、日本もその大小はあれ、やはり同様の存在なのだろうなと強く感じた。

そういえば、北京オリンピックのスポンサーの多くもアメリカ系企業、多数の国がこのタイミングでボイコットとなれば彼らの損害は少ないものではないだろう。自分達の選挙を控えた彼らが自身にとっても有力なスポンサーである彼らの不利益となることを行うとは決して思わない。
チベットの現状も、きっと自慢の衛星で全てを把握しているが、それを小出しにしかせず、隠蔽している姿を見てもアメリカの本性というものが浮き彫りにされているような気がする。

話は戻るが、ではその恐怖を実体験として知っているはずの台湾国民が何故に自国の民主主義を放棄し、虐殺政党国民党の支配下に戻ろうとしているのか?「人は辛いことは早くに忘れる」とはいうが、戒厳令後の10年ほどの平和が彼らに危機管理能力をどれほど蝕み、死地へと向かわせてしまっているのか?
だとすれば、その要因となっている「平和」とは、「民主主義」とは、どれ程恐ろしいものなのか?
日本のテレビの有名なアナウンサーが「平和ボケは人を殺さない」と発言していたが、彼は自分の影響力に乗ったその発言の無責任さにどれ程気が付いているのだろう。
「平和ボケ」はその場では確かに人を殺さないかも知れない。しかし、その病は確実に人を蝕み、危機管理能力を失わせ、結果的には甚大なる数の人の命を失わせるのではないだろうか。

僕らはこの視察の中で「平和」というものの恐怖をほんの少しだが感じ始めた。

まだ×5続く
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