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悲劇の台湾総統選挙⑧~台湾維新事務所と最後の大集会~

台湾三日目、朝の自由時報には西村眞悟先生と加瀬英明先生のインタビューが載る。
他の記事を見回すと昨日に、李登輝前総統の謝長廷候補の支持が表明されたはずだが、不思議なほどその事が殆ど触れられていない。大ニュースではないのだろうか?街にはまだその事実を知らず「李登輝は裏切った」と嘆く声がまだ聞こえる。台湾に着いて、最初に聞いた違和感がこの言葉だった。
日本にいる私達にとって台湾独立の象徴的存在の一人である彼の悪口にも似た言葉が民進党の支援者から聞かれた。

「彼はもう台湾を裏切ったんだ」
「心変わりして裏で馬英九を支持している」
「自分の命が惜しくなって国民党に寝返ったんだ」

しかし、その言葉を口にする人は、憎み罵倒するといったようでなく、どちらかといえば、悲しみ落胆しているように感じた。
そして、口々に「何故、李登輝は16日に私達の前に顔を出してくれなかったのか」と嘆いていた。
その彼らの待ち望んだはずの「李登輝の支持表明」が彼らに届くのには余りにも時が遅すぎたのかもしれない。
この事は、この日の夜に金美齢先生とお食事をした時にも、先生が同じ事を仰っていた。「遅すぎる・・・」これが、彼を信じ、台湾の民主化、自立独立を願う人の本心だったと思う。

夜の話はまた後にして。

さて、中山駅から少し歩いた所にある民進党の選挙本部「台湾維新事務所」に到着。事務所前には多くの支援者が集まり、中にも多数の支援者がいたが混雑しているという感じではなく、昨日の「逆転勝本部」のような熱気も感じない。少し、肩透かしのような雰囲気だった。これは、帰国後に台湾に行っていた方が口にした「前回と比べて余りにも事務所に支援者が少ない」というコメントに相違ない状況であったのではないかと思う。言葉で表現するのは難しいが、グッとくるものを感じず、悪く言えば冷静な冷ややかな空気さえ感じられた。

しかし、中には熱い支援者も当然居て、僕らが日本語を話しながら事務所内を見ていると、日本語で話しかけてくれるご老人。日本統治時代の思い出や、今の台湾の状況、台湾人としての誇り、選挙の分析等をお話しする。その話を聞いたスタッフが、今度は英語と日本語、台湾語を混じらせて声をかけてくれた。昨日の自由時報の「日本からの台湾応援メッセージ」も見ていてくれて、カオルがその広告に僕も加わっていると説明してくれると、国際事務部の副執行長である唐さんと劉さんが「今夜の集会に是非来てください。席を用意するから日本の皆さんも是非」と誘って下さった。
場所は松山駅の側の広場、18時30分~10時くらいまでやっていますとのこと。

「必ず行きます」と御礼を言って、金先生の待つホテルへ。
遅刻魔の僕は、先生に今度こそは叱られないようにと1時間前にホテルのロビーへ。金先生がお部屋から降りてこられて、なんやかんやとあり、鬼かあちゃんにはやっぱり叱られたが、幾人かの仲間の皆さんと一緒にホテル近くで夕食をご一緒にした。

「国家の品格」の作者、藤原正彦先生ご夫妻や、大阪日台交流協会の野口会長、以前に金美齢先生の台湾応援ツアーでご一緒した方々にも再会ができた。
今回の選挙の話を中心に、今までの思い出話にも花が咲く。亡くなった周先生に話が及ぶと、先生のお人柄にどれ程ファンが多かったかというお話にもなった。ご夫人の金先生が「台湾に関しては入り口は皆私、でも何故か時間が経つと全部周のファンになっちゃうの」と笑顔で仰っていた。
金先生は今回、台湾維新事務所には行っていないそうで、予想以上に盛り上がっていないという皆さんのお話を聞いて少しお顔を曇らせていた。前にも触れたが、李登輝前総統の支援表明に関しても、「余りにも遅すぎるわ。彼は16日の全国集会に来るべきだった」と悲しそうに悔しそうに仰っていた。
暫く選挙情勢の話をした後に、私に選挙事務所の場所と最終集会場所を尋ねられました。お聞きになった内容の他に、「逆転勝本部」のことや新たな台湾青年たちの熱気をお伝えすると、「食事が終わったら皆さんと一緒に行きます。」と仰り、カオルにそこまでの先導をご指示されました。
集会場所は道路までも使用して支援者が集まる為に、タクシーでの移動は渋滞で不可能。歩いては30分以上かかってしまうとの事で電車で松山駅まで移動することになりました。駅に向かって進み、駅近くになると道行く人が立ち止まって「金美齢(チンメイリン)」と声をかけてくれます。先生も親指を立てて笑顔で返すと、「台湾!」「加油!」の声も飛び交います。電車に乗っても先生の周りは人だかり、サインをお願いしてきた子供に「いつもは本を買った人にしかしないんだから、貴重よ」と冗談を言って笑顔を浮かべていました。
松山駅のホームに降り立つと、民進党の緑の旗、逆転勝の黄色い旗を持った支援者で一杯、金先生の姿を見つけると声援がおこり、今回の16日の全国集会での統一行動となったハイタッチを求め、金先生もそれに応えます。
地上に出ると会場までまだ距離があるにも関わらず、歩道から車道の半分までが黒山の、いや緑山の人だかり、地鳴りのような声援が飛び交います。人の間を縫って会場に向かいますが、金先生の姿を見つけた支援者の皆さんは皆ハイタッチと「金美齢(チンメイリン)」「台湾!加油!」の声援で迎えてくれます。共にいる私達が日本人だとわかるのか、「有難う」「有難う」と日本語での声援も送ってくれました。
先生と共に会場の裏手に繋がる重い鉄のゲートを開くと、会場内の数十万人もの民進党支援者が目の前に飛び込んできました。
会場の最前列に案内して頂き、そこに向かう中での一層大きな声援に日本から来た私達の仲間の目にも涙が溢れます。本当にこの台湾を愛し、誇りを持って、必死にこの国を守ろうとしている支援者の気持ちが直接私たちの心の中にも流れ込んでくるのでしょう。

今回の集会の特徴はとにかく若者が多かったことだと思います。人数や熱気も然ることながら今までに参加させて頂いた民進党や台連の集会の中でも飛びぬけて若者が多かった印象を受けました。
暫く、集会に参加した後、金先生が自由広場(旧中正祈念堂前広場)にてチベットでの中国共産党が行っている民族浄化大虐殺に対する抗議座り込みの応援にも行きましょうと言い、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にしました。

電車に乗って目的の駅に降りると、やたらと青い旗やミッキーマウスを模した(流石中国)光る耳をつけた国民党支持者にすれ違います。それも、そのはずこの座り込みの目と鼻の先で国民党の最終集会が行われているのです。
「敵地だわ。あなた、何かあったら金先生を守りなさいよ」と藤原先生に奥様が仰ると、金先生が「大丈夫よ。この人がいるから、ねぇ関口君」と言って頂きましたが、先生・・・この数は・・・。
さておき、言葉は分かりませんが、確かにすれ違う国民党支持者は先生を見つけて何かコソコソと悪口を言っていたようで、自ずと緊張感が高まります。

自由広場の前に着くと、座り込みの前に白い大きなシートが張ってありそこには思い思いの応援メッセージが書き込まれていました。私達もしゃがんでそこにメッセージを書きこむと、その前を土足で青い旗を持った連中が踏み潰していきます。
このように情も、品格も無い人間が再びこの国を牛耳ろうとしているのかと再度、強い危機感を感じました。

広場の前の通りから、遠く向こうの交差点までは観光バスが連なっているのが見えます。民進党系の集会では見られない、ある意味国民党系の名物ですが、このバスに各地方から国民党支援者を乗せて集会に参加をさせているのだそうです。勿論、アゴ(食事)アシ(交通費)付き、中には市内観光や宿泊付きのものもあるそうで、日本であれば明らかな買収行為ですが、議会与党を握る国民党に行為ですので、裁くことさえも出来ません。ここにも、台湾の民主化の未成熟さ、台湾選挙の不平等さが表れていると思います。

金先生と別れ、再度松山の民進党集会場へ、集会の終わった後の会場と通りの広さを見てここを埋め尽くしていた支援者の数の凄まじさを知ります。16日の全国集会に120万人以上が参加し、最終日にも国民党の何倍も集った。もはや日本人である僕達にはこの台湾人の誇りとパワーを信じるしかありませんでした。

まだ×7 続く
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